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マニュアル人間

  • 2022年9月26日

以前、会社でWEB会議用のモニターラックを購入しました。
かなり大きめのラックで、立った人と同じ目線に
52インチモニターがくるぐらいのものです。

段ボールに梱包された状態で到着するので、
開梱/組み立てという作業が発生します。

その作業をある社員が行った時のこと、
作業が完了し、組み上がったモニターラックを差して、
社員がこう言いました。

「マニュアルなんか見なくても作業できた」

おそらくマニュアルを見ずとも組み立てることができた
自らの能力の高さを言いたかったのだと思いますが、
それを聞いた上司は、急に立ち上がり、
そのラックのマニュアルを持ってラックに向かいました。
そしてマニュアルと照らし合わせながら、
ラックの組み付けを確認していきました。

すると、本来ワッシャーが入る部分に入っておらず、
さらに補強部材の取り付け位置がマニュアルと異なっていました。

それを作業した社員に告げると
社員はは浮かない顔をしています。

”そんなことぐらい影響ない”
というのが、彼の主張です。

そんな彼の主張に対して上司は、
「この製品に何の関わりもない君が影響がないとなぜ言えるのか?
私も含めこの製品に対し責任を持てるの者はここには誰もいない、
だからメーカーが指定している組み付け方法、マニュアル通りに
組み付けなければダメだ」

と言い、正しく組み付け直しました。

このケースはマニュアルに対する意識を示す、いい例ですね。
おそらくそのまま使い続けても影響はなかったかもしれません。
ただ、それは誰がどのように証明するのか?担保するのか?
確かにそれは、作業する人間ができる事でもすべき事でもありません。

まずマニュアルとは何か?
それは”複数の人間が作業するための法律”です。

ゆえにマニュアルの内容は組織に認定されたものであり、
マニュアルに従って作業した結果については、
組織がその責任を負います。

ただ中には、”こうした方が効率がいい”と、
マニュアルとは異なる手順で作業をしている場合があります。

”悪法も法”という言葉がある通り、
決まりがあるならそれに従わなければいけません。
ただその法が、もし実態に即したものでなければ、
それは法を変える必要があります。
そう、”マニュアルの改訂”ですね。

改訂のアクションもせず、
マニュアル通りにやるとダメだといって、
自己流のやり方をするのは、
属人化を加速させ、ノウハウも会社に蓄積されず、
会社にとって決して良い状態ではありません。

”マニュアル人間”という言葉は、
あまりいい形で使われることが少ないですが、
”マニュアルに従うことができる”というのは、
評価されるべき能力だと思います。