社長業=ディレクター。という仕事

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このお話は続き物ですので、
前回のまでの記事を先に読んでいただくと流れがわかりますので是非どうぞ。
吉井(ロビン)千博の記事

自分でやるしかない!とクビになった子達を引き連れ立ち上げたwillplant。
メンバーに女の子が多い職場の考え方というのが前回のお話でした。

ディレクターとは?

 

ディレクターという言葉をよく耳にするのは、
TVやアニメなど映像業界やWEB制作におけるディレクターだと思われます。

ほかにも、イベント制作や音楽業界でもディレクターさんは存在します。
アートディレクター。なんて言葉も存在します。

 

WIKIを見てみると、

 

制作物の作品としての質に責任を持つ者のこと。その責務を全うするために、企画・立案・制作に関与して業務全般をつかさどる場合もある。この場合は「ディレクター職の者がプランナー職・プロデューサー職も兼任することが多い」と言うこともできる。ディレクター本来の担当範囲は企画・制作に及ぶものではない。制作物の経済的責任を持つプロデューサーと対をなすポジション。テレビでは、監督という呼称よりも、ディレクターを広範に用いている。

ウィキペディアより

 

とあります。

 

自分は、社長=ディレクターだと認識しています。

※社長にも様々タイプはありますので、あくまで私見ですよ。

 

WIKIにもある通り、

 

『制作物の作品としての質に責任を持つ者のこと。』

 

これって言いかえると、会社を企業たる質に責任を持つ。ということ。

じゃあ分解するとどんな風になる?

 

case1)一人親方としてスタートするとき。

 

・販売するものを決め

・販売計画、事業プランを用意し

・開業資金を準備するための企画書を書き

・金融機関や金主へのプレゼンをし

・仕事のしやすい事務所を用意し

・事務所内の必要物を用立て

・社員という協力者を募り

 

これを完走できて初めてローンチされるものです。

これをディレクターと言わずしてなんと表現するのでしょう。

(あ、社長か。)

 

開業するまでを例えとして出してみましたが、このディレクターという思考は

大きく捉えると『自分の人生』においても同様と考えます。

また、自分が新入社員出会ったとしても、仕事に向き合うための思考にも大きく作用します。

 

case2)新入社員として仕事をするとき。

 

・今の毎日を続けるとどんなスキルが手に入るのか

・そのスキルは何年先まで使えるのか

・勤めている会社が何年生き残れるのか

・自分はその一部分となり、いつまで会社を繁栄させられるか

 

 〜解釈によっては想定されるディレクション範囲が広いのでここまで〜

 

では人生に置き換えてみましょう。

 

case3)人生を決める。

 

・60歳で退職する?50歳で自由に生きる??

・退職時に2,000万円、麻生さんが必要だって言ってたっけ

・今の年収からの預貯金プラン

・不足なら『今の職業で』良いのかを問う

・年収を得るために今の自分の脳力は足りているのか

・今の毎日で良いのか『決める』

 

など、吉井が考えるディレクターという仕事は『設計図を作る』ことに

近いのかもしれません。

 

他者との関係性

 

そしてそして。これにもう少し、プラスしなければなりません。

自分の人生には、周囲に沢山の人が関与します。

ひとりでは人間生きて行けません。

 

そう。『他人』との関わりやその人の『思惑』が存在します。

人生のスタートには、自分の親の思惑が含まれます。

 

野球をやっている親なら貴方が最初にするスポーツはキャッチボール(野球)でしょう。

ピアノをされていた親なら、貴方には音楽の道を用意されていたでしょう。

なにぶん、自分の判断がままならない頃から半強制的に行っていたと思います。 

※だいたい、貴方がやりたいって言ったのよ?って言われますが笑

 

学校に入れば、クラスメートや先生の影響。

社会人になると、社長、先輩の影響。

その道を、自分が心地よく生きていくための術、100人いれば100通りの術があろうかと思います。

 

今回のまとめ

 

ディレクターという仕事は、自分の、そして関わる人の思惑を設計図にして『形』を残す仕事なのです。

 

この、ディレクター脳を手に入れると、どんな仕事にもつけるし、人生が薔薇色に変わっていきます。

 

吉井のディレクター論。次回に続きます。

投稿者プロフィール

吉井 (ロビン) 千博
札幌で映像、web制作を行う有限会社willplantの代表。

メーカー営業→葬儀社に転職。9年勤めて退職。
家族でクルマに乗りながらチンタラとお仕事。
35歳でもう一度心に火がつき、北海道でブライダル映像業界へ。
トップの商品を作ったが、コロナで爆死したので次の文化作りの旅へ。
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