感覚的な物差し
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感覚的な物差し

加藤です。

 

本日は色々な場面で出現する「感覚的な物差し」についてお話します。

 

 

さて、この「感覚的な物差し」ですが、対義語としては「定量的な物差し」となります。
どちらも日本語しておかしいのですが、それはおいておいて、
本日の主旨は「皆が同じ基準でものを見る」のか「主観的にものを見る」のかの差です。

ここでいう物差し、今でいう定規ですね。
皆が同じ目盛りを見て、同じ長さを同じ長さとして共通認識を持つ、というもの。
これは言われるまでもないですね。「定量的な物差し」です。

では、「感覚的な物差し」とはなんでしょうか?

ズバリ、「その人が決めた目盛りで作られた定規で計ったもの」となります。

これでもまだわかりづらいので、具体的なお話をしますと、
通常の定規の1cmは皆が1cmと認識しますし、それを疑うこともしません。
しかし、「感覚的な物差し」では「定量的な物差し」でいう1cmが100cmだったり、
逆に1mmだったりするわけです。

その人次第という、実に曖昧かつなんの参考にもならないものというのが正体です。
では、色々な場面でこの「感覚的な物差し」が用いられ、更に、それが再利用されるのでしょうか?

ここではビジネスではなく、趣味の世界のお話を例にしますと、
ラジコンカーやラジコン飛行機を動かした際に「これはよく走る」「これはとてもよく飛ぶ」
という言葉が使われることが実に多いです。

「よく●●する」というのは一体なにがどう凄いのでしょうか?
スピードでしょうか?あるコースのラップタイムでしょうか?
それとも気持ちよく動くような気がするというものでしょうか?

ここまでのお話からだいたいお分かりでしょうが、これは「感覚的な物差し」です。
その言葉を発している人がそう感じたという「感想」でしかないのです。

ここで言葉を発する人がエキスパートであったり、カリスマ的な人間であったりすると、
あっというまに「感想」が「感覚的な物差し」として、あたかも「定量的な物差し」で
計測した数値のように扱われ始めます。

それが蔓延しますと「定量的な物差し」なき世界が出来上がるのです。

これは例にあげた事例以外にも「食事の口コミ」なども同様です。
☆を付けたから定量的だと錯覚してしまいやすいですが、
いうなら個人の感想を数値的に見せたに過ぎません。

 

このように目の前にある評価は「感覚的な物差し」なのか「定量的な物差し」であるのか、
ビジネスの中でジャッジメントが必要な場面ではその見極めが大変重要になります。

資料を作る際や見る際、今一度目の前の情報がどちらの属するものなのか?
と意識してみると、新たな発見があるかもしれません。

 

なにかのお役に立てば幸いです。

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投稿者プロフィール

加藤美紀
P&A Works Company株式会社 ワークモデルクリエーション事業部所属のシニアアーキテクト。

名前は紛らわしいが「よしのり」です。

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